道元禅師の教えとは?名言やエピソードを紹介!

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もし、今の時代に道元禅師(どうげんぜんじ)がいて、救ってください!とたずねたら。


お経(おきょう)も念仏(ねんぶつ)も焼香(しょうこう)もいらないよ。

 

たったひとつの事をすれば良い、と答えてくれます。

 

さて、それは何でしょう?

 

最後まで読んでいただければ、答えが見つかりますよ!

 

そして、道元禅師が、何を思い、どの様に行動したのか?


道元禅師が作った仏教の宗派である、曹洞宗(そうとうしゅう)の成り立ちも含めて、お調べしました!

 

それでは、どうぞ!

 

道元禅師の教えとは?道元禅師の生涯についても紹介!

 

道元禅師の教えは、私達にも簡単にできる事なんです。

なんだと思いますか?

 

それを、只管打坐(しかんたざ)と呼びます。

なんだか、難しそうですね(笑)

 

でも、簡単に言っちゃいますと、ただ座ることなんです。

ただし、座るとは、椅子に座るのではなくて、座禅(ざぜん)をすることです。

では、なぜ、座禅をすれば良いのか、わかりますか?

 

道元禅師は、言いました。

すべての人は、心の中に仏様を持っています。

それを、みんな、気がつかないだけなんです。

だから、仏さまになるために修行をする必要はないんです。

例えば、車の免許を持っているのに、更に教習所へ免許をとりに通うようなものです。

 

わかりますか?

 

そして、仏さまがするべき修行(座禅)をすればよいのです。

 

つまり、免許は既に持っているので、ただ車を運転すれば良いのだと言っています。


それが、道元禅師の教えです。

 

簡単にまとめます。


道元禅師は、お経(おきょう)を読んだり、焼香(しょうこう)をしたり、仏を拝む(おがむ)礼拝(らいはい)をしたり、罪を悔(く)い改める懺悔(さんげ)をしないこと。

 

ただ、無条件に座る(座禅をする)ことだけをしなさい。

 

それが、正しい仏の教えで、これ以外に教えはないと教えました。

 

けっこう、シンプルな教えなので、わかりやすいですよね。

 

その教えを広めた、道元禅師の波乱の生涯をご紹介します。

 

道元禅師の生涯とは?

道元禅師は、村上源氏(むらかみげんじ)の子孫なんです。

村上源氏とは何か、知っていますか?

 

平安時代から鎌倉時代に活躍した、あの源平合戦で有名な、源頼朝(みなもとのよりとも)と同様天皇家の親族です。

 

つまり、村上源氏とは、村上天皇の子孫なのです。

その村上源氏は、様々な源氏の中で、一番の地位を持っていました。

その一族の長(おさ)である源通親(みなもとのみちちか)の子が、道元禅師です。

道元禅師は、すごいエリートの家系だったんですね。

 

その御曹司が、比叡山(ひえいざん)という、今の滋賀県と京都の境にある山のお寺に、13歳で住み込み修行をし、14歳でお坊さんになっちゃいました。

 

その時に、つけられた名前が道元でした。

 

比叡山では、天台宗(てんだいしゅう)の教えを学びました。

天台宗とは、あの有名な最澄(さいちょう)というお坊さんが作った宗派です。

 

その教えは、すべての人が成仏できるという考え方です。

 

でも、その教えに、道元禅師は疑問をもってしまったのです。

 

人って、もともと仏様じゃん!

 

なのに、何故仏様になるための修行をする必要があるのか?

 

何故?何故?何故?


だめだ~、どうしても、答えが出ないよ~!

 

ここでは、これ以上の答えはでない。


そうだ!外の世界へ探しに行こう。


そして、道元禅師は、新たな教えを見つけるために、比叡山から旅立ちました。

 

行きついた先は、京都の東山にある建仁寺(けんにんじ)。

 

ここでは、臨済宗(りんざいしゅう)の座禅を学びました。

 

また、滋賀県の大津市にある天台宗の総本山(そうほんざん)である三井寺(みいでら)で学問を学びました。

 

ここまで学びを深めると、やはり本場の中国へ行きたくなりますよね。


そうです、禅を本格的に学ぶため中国へ旅立ちます。

 

24歳です。

自分が同年齢の頃は、遊びまくっていましたので、それに比べて道元禅師はすごいな~!(尊敬)

 

そして、中国につくと、天童山(てんどうさん)という山に住む、如浄(にょじょ)という偉いお坊さんに出逢います。


天童山は、ちょうど上海(しゃんはい)の下の方、中国の海側(日本の九州方向)の場所にあります。

 

如浄も、由緒あるお坊さんの直系です。


そこでの修行中に、衝撃的な出来事が起こりました。


ある日、如浄が座禅をしている修行僧を、次の様に大声で叱りました。

 

「参禅は、すべからく心身脱落なるべし!」

 

どうやら、座禅中に修行僧が眠ってしまったようです。


私も経験ありますが、座禅中に薄目で、ぼ~と考え事をしてしまった時に、いつの間に寝てしまったことあります。(笑)


如浄は言いました。

座禅とは悟った時の姿であるのに、自分の欲望に負けて、座禅中に眠っていてどうするのだと。

 

その声を聞いて、道元禅師は、今まで持っていた疑問を解決しました。


本当に解決したの?と言いたくなりますね。


私がこの場面にいても、まったく気が付きません。(笑)

 

道元禅師は、すごいなと思いました。

 

そして、日本に戻り建仁寺へ帰ると、座禅の仕方を整理して、普勧座禅儀(ふかんざぜんぎ)という書物を書いたんです。


それから、京都の深草(ふかくさ)に移住し、ゆっくりと暮らす中で、正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)という書物を書き、その教えを庶民に伝えていきました。


正法眼蔵とは、道元禅師のお弟子さんに、正しい仏の教えとは何かを伝えるための書物です。

 

いや~、本当に思うのですが、一所懸命、世の中の為に尽くしていると、いい事もあります。

 

ある信者さんが、越前(福井県)にある土地を提供してくれたんです。

 

ここに、毎年行く年来る年の番組で有名な永平寺(えいへいじ)が建てられます。

 

永平寺は、曹洞宗の総本山(中心のお寺)のひとつです。

人生は、何が起こるかわかりませんね!

 

その後、鎌倉でも布教を積極的に行い、54歳で亡くなりました。

 

その当時であれば、長生きした方だと思います。

 

そしいて、道元禅師の教えは、曹洞宗(宗派)として後世(こうせい)まで伝えられました。

 

道元禅師は、その生涯の中で、たくさんの名言も残しています。

 

ここでは、特に有名な言葉を厳選(げんせん)してご紹介します。

 

道元禅師の名言は?そのエピソードも紹介!

 

1.学道(がくどう)の人は、先ず須らく(すべからく)貧(ひん)なるべし。


簡単に言うと、財産があると欲が出て、他に心を奪われやすい。

だから、仏の教えを学ぼうとする人は、物質的に貧しくなければならないという意味です。

 

確かにお金をもっていると、美味しい物食べたり、遊んじゃうので修行になりませんよね。

 

それから、テレビ(財産)を見ていて、勉強ができないのと同じです。(笑)


2.切に志を発する人、速やかに悟りを得るなり。


悟りとは、真実に生きたいと心から思う意欲と努力で得られるものという意味です。

つまり、思いだけではなく、努力(修行)が必要ということです。


その通りです。


彼女が欲しいのであれば、思いだけでなく行動(告白)が必要です。


そして、相手に気に入られようと、努力も必要ですね。(笑)

 

3.無益の事を行(ぎょう)じて、徒(いたずら)に時を失うなかれ!


無益な(良くない)ことをして、無駄に時間をつかってはいけない。

 

たしかに、遠回りは時間が無駄です。

ただ、失敗も経験となるので、無駄ではないかも知れませんね。

 

また、道元禅師に学びを与えたエピソードもあります。


1.ある老人のお坊さんのお話


夏の暑い日中に、ある高齢のお坊さんが椎茸を干しているのを見て、道元禅師は、何故若い者にやらせないのか?と質問しました。

 

すると、老僧は、これが自分の修行だ!と答えました。

 

これを聞いて、修行の厳しさを道元禅師は学びました。

さすがに長く生きた人の言葉には、重みがありますね。

 

2.読書をしていた時のお話

 

道元禅師が、先人のお話を書物で見ていると、通りがかりのお坊さんより、そんなに本を見て何の役に立つの?と質問されました。

 

すると、道元禅師は、本を読むより、座禅で悟りを開く方が大切と気づきました。

 

道元禅師は、本当に謙虚な方ですね。

 

読書は大切だと私は思いますが・・。

 

曹洞宗の本尊は?

このブログは、他の仏教関係の知識も書いています。


比較するために、本尊なども書いておきます。


仏教で礼拝(おがむ)の対象となっている仏像を本尊(ほんぞん)と言います。


曹洞宗では、お釈迦様が菩提樹の下で座禅をして、悟りを開いたことが禅の原点という考えから、お釈迦様が本尊として祀られています。


しかし、お釈迦様は礼拝(おがむ)対象ではなく、すべての人が本来は仏様である、お手本を示した方として扱われています。


柔道の道場にかけられている創始者の写真の様なものです。

 

練習をする前に、写真に向かって挨拶をしますよね。


お祈りはしませんが。(笑)

 

よく読まれている書物は。

 

道元禅師の名著をご紹介します。


1.正法眼蔵(しょうぼうがんぞう)

 

道元禅師の教えの集大成が書かれています。


2.普勧座禅儀(ふかんざぜんぎ)

 

この書物は、座禅とは何か、考え方や方法、その効果等が書かれています。


3.永平清規則(えいへいしんぎ)

 

この書物の中でも、特に次の2つの教えが有名です。

 

①典座教訓(てんぞきょうくん)

食事を作る際の心構えが書かれています。


②赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)

食事の作法・心得が書かれています。

 

お釈迦様から道元禅師までの系譜とは?

 

ここで、お釈迦様から道元禅師に至るまでの系譜をご紹介します。

 

インドで仏教は始まります。


1.お釈迦様

 

~(28祖)~

 

2.菩提達磨(ぼだいだるま)

 

※インドで生まれ、6世紀に中国へ移動し、中国禅の祖(始めた人)となります。

そして、教えは中国へ伝わります。


3.曹渓慧能(そうけいえのう)

 

※中国の南宋という場所で禅を伝えた人です。

 

4.洞山良价(とうざんりょうかい)


※これも、曹渓慧能の教えを継いだ人です。


※そして、この教えを伝える系統を、曹渓の曹と洞山の洞を取り曹洞宗(そうとうしゅう)と呼ぶようになりました。

 

5.曹山本寂(そうざんほんじゃく)

6.長翁如浄(ちょうおうにょじょう)


※この如浄に道元禅師は出逢います。


そして、日本へ伝わります。


7.道元禅師(どうげん)

※日本の曹洞宗の開祖(伝え始めたひと)となります。

 

道元禅師とは?まとめ

 

道元禅師の教えをお伝えしてきました。


1.道元禅師は、13歳で比叡山に住む。

2.天台教学を学ぶ。

3.教えに疑問を持ち、比叡山を旅立つ。

4.建仁寺で、臨済宗の禅を学ぶ。

5.三井寺で、学問を学ぶ。

6.24歳で禅を本格的に学ぶため中国へいく。

7.天童山の如浄に出逢う。

8.建仁寺に戻り、普勧座禅儀を書く。

9.京都の深草で、正法眼蔵を説く。

10.越前(福井県)に移住し、永平寺を建てる。

11.道元禅師の教えは、只管打坐(ただ座ること)。


いかがでしたか?


これを書いた後に、部屋で座禅してみました。


足を組むのが難しく、しびれてしまいました(笑)


最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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