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道鏡とは? | 仏教の世界
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道鏡とは?

この記事は3分で読めます

愛の力ってすばらしい。

誰もがそう思いますが。

女性の天皇から愛されると、その威力は絶大です。

 

まさに女性天皇から愛されたお坊さん。

そんな道鏡の権力を得てから、没落までの人生を調べてみました。

最後までお読みいただくと嬉しいです。

それでは、どうぞ。

 

道鏡とは?

 

 

生まれも育ちも不明なのに、超有名な怪僧。

それが道鏡です。

実際は、僧侶というより、女帝である孝謙上皇(こうけんじょうこう)の黒幕的な存在として知られています。
 
いわゆる、政僧(政治をする僧)として、暗躍していました。
 

良弁(ろうべん)の師である義淵(ぎえん)の弟子で、法相宗(ほっそうしゅう)の教学を学び修めています。

また、禅やサンスクリット語も使え、僧侶としては優秀なレベルでした。

 
さらに、葛城山(かつらぎさん)にこもって呪験力(じゅげんりき)を身に付けていました。

 
怪しい話ですが、当時しばしば東大寺の写経所から「孔雀王呪経(くじゃくおうじゅきょう)」のような呪術関係の経典を借りていたという噂もありました。

 

今でいう不思議な事が大好き、オカルト好きなお坊さんという感じですね(笑)。
 

このような、怪しげなお坊さんでしたが、すぐれた力を持っていたため、平城京の禅師(看病禅師)になることができました。

 
これが、道鏡の人生が特異なものとなる運命の始まりでした。 

 

運命とは不思議なものです。

 

ちょうど、その頃のことでした。

 

聖武天皇(しょうむてんのう)の皇女から、皇位につき、上皇となっていた孝謙上皇が病に伏していました。

 
そこへ、道鏡が禅師として看病したら、たちまち治癒となったので、上皇は大絶賛。

 
感激した上皇は、道鏡の教えに帰依しました。

 
そして、上皇からは、惜しみない寵愛と、あらゆる便宜が図られました。

  

その背景としては、上皇が両親を亡くして寂しい毎日を送っていたこと。

 
そして、ずっと独身を通していたことがあります。

 
また、憶測ですが、道鏡はかっこよかったのだと思います。
 

この様子は、度を越した寵愛ぶりであったため、周囲には二人が男女の仲にあるなど、スキャンダラスな噂が流れていました。
 
独身ならいいでしょと思いましたが、天皇は身分が高いので、まずいですね。

 
こうして、孝謙上皇の寵愛を一身に浴びるようになると、やがて少僧都(しょうそうず)、さらには太政大臣禅師(だじょうだいじんぜんじ)という権力を与えられ、さらに天皇と同等の法王になり、中央政界にも君臨するようになったのです。
 

超出生。
今で言う、玉の輿の様なものですね(笑)。

 
さらに、権力に加速がついて、狩猟の禁止、貴族の墾田(こんでん)を一切禁じるなど、仏教重視で、公卿(くぎょう)の抑圧をしていきました。

 

これは、貴族の恨みを買いますね。

 
そして、身内の一族を優先的に取り立て、やりたい放題。

自由自在に、政治を行っていきました。

 

政府内でも、敵を作ったと思います。

 
また、図にのった道鏡は、宇佐八幡信託(うさはちまんしんたく)事件を起こします。

 

道鏡の弟である大掌師・弓削浄人(きよひと)と大宰主神(かんづかさ)が陰謀を企てて、道鏡が天皇につけば天下が太平になるとの神託をいつわって奏上した謀略。

 

和気清麻呂(わけのきよまろ)によって、神託は阻止されます。

 

これで、身内以外、完全に敵しかいない状況です。

でも、称徳天皇は、この事件を知っても、道鏡を諫めませんでした。

 

めちゃくちゃ寵愛されていた証拠ですね。

 

しかし、称徳天皇が亡くなると、急速に力が衰え、白壁(しらかべ)皇太子一派によって、下野(しもつけ)国へ追放されます。

 
道鏡の最後は、僧ではなく一般庶民として葬られました。

 

独裁者の最後は、同じような結末ですね。

 

 

道鏡とは?~まとめ~

 

 

さいごに道鏡についてまとめてみました。
 
1.生まれも育ちも不明なのに、超有名な怪僧。

2.平城京の禅師(看病禅師)となる。

3.孝謙上皇の病が回復。

4.上皇からは、惜しみない寵愛を受ける。

5.少僧都・太政大臣禅師、さらに法王となり中央政界に君臨。

6.宇佐八幡信託事件を起こすが、和気清麻呂に阻止される。

7.聖徳天皇が亡くなると、白壁皇太子一派によって、下野国へ追放される。

8.一般庶民として亡くなる。

いかがでしたか?

 

権力に溺れて、自分中心に生きた道鏡。
 

でも、称徳天皇に支えられた時代、めちゃくちゃ楽しかったと思います。

 

だから、民に親しむことを忘れて最後は没落はしましたが、後悔はきっとしない人生であったと感じました。

 

最後まで、お読みいただきありがとうございました。

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