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白隠禅師とは? | 仏教の世界
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白隠禅師とは?

この記事は3分で読めます

心が疲れた時に、良く母から腹式呼吸をするとよいと教えられました。

 

この腹式呼吸の方法は、はるか江戸時代に自らが心身の不調で苦しんだ経験から、よい健康法を教えようとした白隠禅師のものでした。
 

白隠禅師は、臨済宗中興の祖と言われて公案を重視する体系を深めたお坊さんです。

どの様な、人生であったか、エピソードも調べてみましたので、読んでいただけると嬉しいです。

それでは、どうぞ。

 

 

白隠禅師とは?

   
江戸中期の1685年に、現在の静岡県沼津で生まれました。
  
 
15歳のとき、郷里の松陰寺(しょういんじ)に出家しました。

 

 
修行と学問に励みましたが、あるとき禅など教えに失望し、詩文に明け暮れる日々をおくりました。

 
しかし、その翌年に、大垣にある瑞雲時(ずいうんじ)の馬翁(ばおう)和尚を訪ねた際に、偶然目にした「禅関策進(ぜんかんさくしん)」という書物の「引錘自刺(いんすいじし)」の項をみて、心が揺さぶられ、再び仏教の教えに戻る意志を固めました。

 
引錘自刺のとは、簡単にお伝えすると、中国のお坊さんである慈明(じみょう)が睡魔(眠気)と戦うために、錐(きり)で自分の太ももを刺し続けて修行をしたというお話です。 

 
そして、信州飯山の道鏡慧端(どうきょうえたん)別名は正受老人(しょうじゅろうじん)のもとで修行をするなかで悟りました。
 

 

さらに、白隠禅師は正受老人より悟後(ごご)の修行の大切さを教えられます。
 

 

これは、以降の白隠禅師にとって、生涯さとりを求めていく中での思想・行動の根本原理となりました。
 

 

有名な言葉としては、生涯に大悟(だいご)18度、小悟(しょうご)数を知らずがあります。
  

 

1回悟った後でも、さらに新たな悟りを得ることができる。

白隠禅師は、大きな悟りを18回、小さな悟りは数知れず得たと言っています。

 

白隠禅師が、最初にさとりを開いたとき、正受老人は、その未熟さを指摘しました。

 

それは、知識ではなく、体得したものをだせと言われて、返せなかったからです。

 
その後も、やり返し激しく議論しましたが、次第に自分の未熟さに気がつきます。

 
そして、ある日、托鉢をしている中で、ある老婆に竹ほうきで打たれて悟りをひらくと、ようやく正受老人は認めました。
 
その後も、正受老人と問答や議論を繰り返し、何度も大悟、小悟を繰り返しました。

 
さらに、悟後の修行をこころに置きながら、精進を続け、31歳のときには、美濃で、内観(ないかん)の法の修行に没頭しました。
 

その後は、故郷の松陰寺で教えを伝えていき、庶民に対しても優しいかな法語や軽妙な歌をもって教えを伝えたため、みんなから慕われる存在となりました。
 

白隠禅師は、自らも、またお弟子さんに対しても、悟後の修行を厳しく指導しました。

 
その修行の方法として、公案(こうあん)を重視。
独自の公案体系を確立していきます。
 

やがて、妙心寺(みょうしんじ)の第一座を与えられ、白隠(はくいん)と名乗ります。

 
そして、晩年は故郷の田舎の住職として過ごし、83歳で亡くなります。
 
現在の臨済宗の法体系は、白隠禅師のお弟子さんの教えが主流です。
 
このことから白隠禅師は、臨済宗の中興の祖と呼ばれています。

 

また、白隠禅師は1度、心身を病んだことがあります。
 
この時の症状は、胸が苦しくなり、頭に血が上り、脚は冷たくなり、耳がガンガンして幻聴もおこる。

 

今で言うと、自律神経失調症のような感じです。
 
白隠禅師は、これを治すために、白幽仙人(はくゆうせんにん)のもとへ赴き相談しました。

 

白幽は、座禅のやりすぎを指摘します。

秘薬として、腹式呼吸と内観の法という精神療法のようなことを教えます


 
白隠禅師は、この治療法を夜船閑話(やせんかんわ)に記して、同じ病気で悩む人々に、正しい座禅の方法を伝えました。

 

白隠禅師とは?~まとめ~

 

1.江戸中期に、今の沼津に生まれる。

2.15歳で近くの松陰時に出家。

3.仏教がいやになり、詩文に明け暮れる。

4.引錘自刺をみて、再度仏教の修行への情熱を取り戻す。
 
5.悟後の修行を重視。

6.松陰寺でお弟子や庶民に分かり易く教えを伝える。

7.悟後の修行では、公案を重視。

8.妙心寺第一座となり、白隠と名乗る。

9.83歳で亡くなる。

10.臨済宗の中興の祖と言われるようになる。

 

いかがでしたか?

悟っても、悟っても、つぎの悟りを求めていく教え。
 

探求に終わりなし。

生涯現役の教え。

それが、白隠禅師の教えです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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