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行基とは? | 仏教の世界
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行基とは?

この記事は2分で読めます

世の中の仕組みが、どんなに反対の考えであっても、本当に人のためなら

ば、やらなくてはならない事がある。

そんな男前の背中を見せてくれたのが行基です。
 

政府からの逆風もなんのその。

法律に逆らってでも、やるべきことをつらぬいた。

そんな行基の生涯をまとめてみましたので、読んでいただけると嬉しいです。

それでは、どうぞ!

 

行基とは?

 

行基は668年、百済(くだら)・王仁(わに)氏の血筋の家に生まれました。
 

14歳で出家、24歳の時に飛鳥寺(あすかでら)で授戒し、法相宗(ほっそうしゅう)を修めました。

やがて、薬師寺(やくしじ)でも法相の教学を修め、山林修行もあわせて積みました。
 

山林修行は、たいへんですよね。

 

山って、夏も冬も結構さむいです。

 

粗衣だと、めちゃくちゃ寒いので、いつも冷たい水の滝にうたれているような、つめた~い感じが想像できちゃいます。
 

その後、実家に戻ると自宅をなんとお寺に変えてしまいます。

これも凄い、最近DIY流行っていますが、その先駆けですね(驚)。

そのお寺は、家原寺(えばらじ)。

修行は、粗衣粗食の中で積みました。

 
そして、教えを庶民に広く伝えていくために、和泉(いずみ)の国をはじめ、畿内各地に次々と布教道場を開いていきました。

 
当時は、農民達が厳しい納税に苦しんでいた時代。
 
そのため、農民のなかには、お坊さんになる者が多かったと言います。

生きていくためには、仕方のない選択であったと思います。

 
そこで、朝廷は僧尼令(そうにれい)を発布して、これを厳しく取り締まり、その風潮を助長している張本人として、行基を徹底的に監視していました。
 

しかし、弾圧にも負けません。

行基は、そんな弱い存在ではありませんでした。
 

次々と道場を開いていきます。

めちゃくちゃ精力的に努力を重ねていきました。

 
また、道場以外にも橋の修築、池や堀、道路の開通など公共事業も精力的に実施していきます。
 
これがすごい。

そのなかで、職人のスキルも向上。

 

庶民の育成も担っていたのです。

 

世の中のためになることは、何でもやった感じ。

まるで、レオナルドダビンチ!の様ですね。

 

そのため、信望や名声はますます高まります。
 

こうした行動を聖武天皇(しょうむてんのう)は高く評価しました。

 
そして、のちの恭仁(くに)京、紫香楽(しがらき)京の造営、国分寺・国分尼寺の建立、廬舎那仏(るしゃなぶつ)の造営などの際に、この高度な土木技術と彼に従う優婆塞(うばそく)たちの労力が積極的に活用されていきました。

 

745年には、仏教界の最高位である大僧正(だいそうじょう)に任命され、封戸百戸が与えられる待遇を受けました。

 
しかし、こうした地位や財産には関心を持たず、80歳で京都右京の菅原寺(すがわらてら)に隠居。

 
ここの地で、82歳に亡くなりました。

 
お墓は、生駒の竹林寺にあります。

 

行基がもとめていた姿は、民衆へ法相宗を広めていく布教の実践者の姿と言えます。

 
宗祖の道昭(どうしょう)に受けた影響の根本は、利他行の思想でした。
 

行基とは?~まとめ~

 

1.百済・王仁氏の血筋の家に生まれる。

2.14歳で出家、24歳の時に飛鳥寺で授戒。

3.法相宗を修める。

4.自宅を寺(家原寺)に改造。

5.僧尼令の中、道場を広める。

6.聖武天皇から認められる。

7.大僧正になる。

8.まさに利他行の実践の人でした。

9.82歳で亡くなる。

 

法律は国を治める上で大切です。

その様な逆風の中でも、庶民の苦しみを理解し、幸せになって欲しいと願う行基の行動は、まさにリーダーシップの見本を示していると思います。

 

だって、お坊さんのTOPにまでなった方なのですから。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

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