井伊直虎とは?女城主になった軌跡と数奇な人生とは?

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井伊直虎って、戦国武将を知ってますか?

なんと!尼さんから出世して、戦国武将になった人です。

しかも、あの武田信玄とも戦って…。

どうなったと思いますか?

また、徳川家康とも切っても切れない関係なんですよ。

何故なら大恩があるからです。

これから詳しく紹介していきます。

 

井伊直虎とは?尼さんだった?

井伊直虎とは、徳川家康の四天王となった、井伊直政のお母さん。

女性が戦国武将となり、徳川の重鎮になること。

現代で言うと、女性社長が社会の荒波の中で活躍する様をその時代にやりとげた尊敬する人です。

平成29年の大河ドラマになる主人公ですが、なんと、柴咲 コウさんが主演。

 

コウさん、大好きなので、今からドラマが待ち遠しいです。

 

歴史は大好きで、学生時代も特に勉強した教科でした。

 

しかし、直虎さんは知りませんでした。

 

でも、めちゃくちゃ、マイナーと思いきや、調べてみると、ゲームにも登場するくらい結構有名なのです(驚)。

 

その波乱の人生は、どきどき、わくわくの人生。

興味津々ですね。

ぜひ、みなさまにも知ってもらいたいです。

それでは、どうぞ!

 

何故?尼さんに?

今で言う、静岡県に住む、井伊家当主直盛の一人娘として生まれました。

しかし、男子が生れず、分家の嫡男亀之丞と婚約。

これで、井伊家は盤石な体制に、なると思いきや。

その亀之丞。

今川義元に命を狙われ逃亡の末、行方不明になっちゃんたんです。

つまり、婚約者がいなくなってしまったんです。

その後別の縁談がきましたが、結婚はいやと自ら出家してしまいました。

それが、尼さんになった理由です。

ただ、両親がとても悲しんだので、納得をさせるため、住職は「次郎法師」と男の名をつけました。

何故?武将に?

ところが、約10年経った頃に、亀之丞が生きて帰ってきたんです。

しかし、出家した「次郎法師」との結婚はできず、亀之丞は、直近(なおちか)と名前を変えて、井伊家を継ぎました。

ところが、直近は、今川に殺されてしまいます。

残されたのは、直近の嫡男、虎松(2歳)のみ。

住職は次郎法師を男として還俗させる考えを述べ、次郎法師は自ら、直虎と名乗り、虎松の後見人として井伊谷城の城主になったのです。

当然、家臣達は、女の直虎に、なにができるのか?

失望の嵐!嵐!

しかし、直虎は、負けん気が強かった。

なんと!今川に女が城主になることを認めさせたのです。

 井伊谷城主に!そして、村の復興へ

やっと、城主になれた直虎。

でも、落ち着く暇はないのです。

すぐに手をつけなくてはならない事は、村の復興。

 

度重なる戦で、疲弊した村々から年貢を取るには、それなりの収入が、村民になくては払えません。

汗水を流して、ひたすらに自ら働く城主の姿を見て、家臣たちも、見る目が変わっていきます。

また、虎松もひ弱な体質でしたが、持ち前の負けん気で、寺で多くの仲間(子供達)と学び、将来の家来との絆を深めていきます。

家臣との対立。そして戦乱へ。

やがて、家老の小野但馬守と対立することになり、井伊谷城を奪われてしまいますが、井伊谷三人衆と徳川家康の助けにより実権を回復します。

ところが、井伊領を虎視眈々と狙ってきた武田信玄が井伊谷城を攻めてきます。

相手が武田では、とても敵いません。

武田家臣の山県昌景に城を明け渡しました。

そして、徳川の浜松城に避難します。

しかし、ご存知のとおり、武田信玄が亡くなり、武田勢が撤退したため、直虎は井伊谷城を奪還することができました。

直虎!家康の家臣に!

井伊谷城に戻った直虎は、虎松(後の直政)を養子として育てます。

そして、徳川家に仕えた直政は、直虎が亡くなると家督を継ぎ、やがて譜代大名の筆頭として彦根藩の藩主になります。

そこから、直政は、徳川四天王・徳川三傑に数えられるほど、徳川の治世を全力で支えた功臣として扱われ、江戸時代の反映の中で活躍をしていくこととなります。

 

女城主は他にもいた?戦国にもいた女の戦士達とは?

実は、戦国時代には、直虎以外にも女城主はいました。

その一人が、おつやの方という、織田信長の叔母です。

今の岐阜に、岩村城があり、その城主(夫)の遠山 景任が亡くなると、子供がいなかったためにおつやが城主になりました。

しかし、武田信玄が攻めてきた時に武田に寝返ったため、後に、信長から殺されてしまいます。

とても悲劇な女城主。

今でも、岩村城は女城主の城と呼ばれています。

また、のぼうの城という本で有名になった甲斐姫(成田氏娘)も、豊臣秀吉の小田原北条攻めに加わった、石田三成との合戦に頑強に抵抗し、唯一勝利をしている忍城城主。

他にも、近代では鶴ヶ城籠城戦で男装して戦った山本八重。

八重の桜のドラマでも有名ですね。

実に、多くの女戦士がいたようです。

まとめ

今回は、こんな事をお伝えしました。

1.井伊直虎は、女性として生まれた。

2.分家の嫡男亀之丞と婚約したが行方不明になった。

3.他の縁談は断り出家、名を次郎法師にした。

4.亀之丞が生還し、井伊家を継ぐが今川に殺される。

5.亀之丞の嫡男虎松(後の直政)を後見にし、次郎法師が直虎として城主になった。

6.家老に一時は城を奪われるが、井伊谷三人衆と徳川家康の助けにより実権を回復。

7.直虎が亡くなると、直政家督を継いだ。

8.徳川家康の筆頭家臣になり、彦根藩主になる。

 

最後に、あの信玄や今川、織田信長、家康のいた戦国時代に、しかも身内は次々に殺されていきました。

そのなかで、まるで不死鳥のごとく復活し、最後には、江戸時代の中枢を担う礎をきずいた直虎。

めちゃくちゃ惚れました。

最後まで、お読みいただきありがとうございました。

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